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2019-11-08 (Fri)  09:34

圧巻!ラストの十数分にも及ぶ大立ち回り「雄呂血」 よみがえるマキノ映画の神髄

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圧巻!ラストの十数分にも及ぶ大立ち回り「雄呂血」 よみがえるマキノ映画の神髄

11/7(木) 16:56配信

夕刊フジ

 【牧野省三没後90年 よみがえるマキノ映画の神髄】

 日本映画の父、牧野省三は1908年、日本初の職業映画監督となり、尾上松之助の忍者映画などで人気を得た。しかし荒唐無稽で大仰な見得をきる歌舞伎調の松之助映画は次第に時代遅れとなっていく。

 日活を退社し、マキノ映画を設立した牧野は、独立プロとして新たなスターを世に送り出す。“バンツマ”こと阪東妻三郎だった。

 代表作『雄呂血』(1925年)は牧野が総指揮をとったチャンバラ無声映画の傑作だ。

 主人公の下級武士、久利富平三郎(阪東)は恩師の誕生日祝いの席で、家老の息子に嫌がらせをされて、ケンカ騒動を起こす。しかし家老に遠慮する周囲の証言で、結局平三郎が騒動の張本人とされてしまう。その後、恋しい恩師の娘を中傷した侍を懲らしめたところ、恩師からも誤解されて破門となった彼は無頼の暮らしを送ることに。ところがスリ、侠客(きょうかく)、関わる者たちに次々と裏切られ、ついに、かつて愛した女を守ろうと刀をとり、大勢の捕り方に囲まれる…。

 ラストの十数分にも及ぶ大立ち回りは圧巻だ。居並ぶ捕り方に加えて、火消し連中も加わり、平三郎に十手、撮り縄、熊手ばかりか、火消しの纏(まとい)までも突き付けて、延々追うわ、走るわが続く。カメラは俯瞰(ふかん)した目線で、その大人数の動きを追いかけ、ボロボロの平三郎の荒い息遣いまで映し込む。無声映画ということを忘れるほどの迫力だ。

 この映画がすごいのは、ふとしたことから転落していく江戸時代の男の人生に身分差、貧富、世間の目など、現代にも通じる社会のひずみが織り込まれていることだ。阪妻はこの時代の主役らしく、白塗りでこってりした顔で笑顔がとても華やか。それだけに理不尽な仕打ちに絶望する表情、愛する女を失った憂い顔が切ない。

 作家の池波正太郎はエッセー『味な映画の散歩道』(河出書房新書)に1970年代にこの映画を見て、当時の映画人の熱情を感じ「帰宅してもなかなか昂奮がさめなかった」と記している。阪妻はこのとき24歳、監督の二川文太郎も脚本の寿々喜多呂九平も26歳。

 若き才能を開花させた牧野のセンスと決断が、リアルでダイナミックな時代劇の道を開いたのだった。(時代劇研究家)

 ■雄呂血(おろち) 1925年公開、二川文太郎監督。牧野省三は制作総指揮を務めた。阪東妻三郎プロダクション設立第1作であり、日本に「剣戟」ブームを起こした作品としても知られる。



引用:圧巻!ラストの十数分にも及ぶ大立ち回り「雄呂血」 よみがえるマキノ映画の神髄



最終更新日 : 2019-11-08