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2019-07-31 (Wed)  17:54

歌手・山下直美、ZARD・坂井泉水&川崎麻世との出会いがきっかけ 女性歌手→プロデューサーに

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歌手・山下直美、ZARD・坂井泉水&川崎麻世との出会いがきっかけ 女性歌手→プロデューサーに

7/31(水) 16:56配信

夕刊フジ

 【華麗な転身事情】

 透明感のあるボーカルで1980~90年代に期待されたのが山下直美だ。10代は各企業のイメージガールとしてCMを中心に活躍し、86年にシングル『トゥー・オブ・ハーツ』でデビュー。ディスコチックな躍動感のある同作品は当時の音楽評論家たちから絶賛された。

 90年代には『世界中の陽射し浴びて』や『グラマラス・キッス』がCMソングに起用され、注目された。そして現在でも語り継がれているのがZARDのボーカル、坂井泉水さんとの関係だ。

 「幸ちゃん(当時は本名の蒲池幸子で活動していた)とは89年に東映カラオケクイーンで仲良くなったんです。とにかく気が合いました。私が横浜、彼女は秦野だったので中間の厚木でよく会っていました。その後、幸ちゃんが私の家に来るようになって…。コンテストでもらった副賞でシルバーフォックスの毛皮や靴をおそろいで買いましたね」

 ZARDの活動開始後も関係は続いた。それだけに彼女が2007年4月に子宮頸がんを患って死去したのは大きなショックだったという。

 「幸ちゃんは歌が大好きで2人でよくカラオケに行きました。杏里さんとか高橋真梨子さんの曲をよく歌いましたが、十八番は中山美穂さんの『CATCH ME』だったかな。私自身、彼女から受けた影響は大きかったと思います」

 ZARDが注目されるなか、山下も自ら曲を書くようになった。

 「3歳からピアノをやっていたので、自分の曲は自分で作ろうと思いました。地方にもキーボードを持ち込んで曲を作りましたね。私は3つのレコード会社で活動してきましたが、その間にディレクターも4人代わりました。だから自分なりの方向性がないとダメだと思ったんです」

 そんな中、96年、父親を代表にして音楽制作会社を設立、作家として本格的に活動開始した。

 「デビュー前からキャンペーンガールなどをやってきたことが役立ちました。さまざまなメーカーや会社の方に懇意にしていただき、CMの仕事などもいただきました」

 そして出会ったのが川崎麻世だ。「新曲をプロデュースさせてほしい」と自ら書き下ろした楽曲をプレゼントした。結果、2002年に『抱きしめてFall in love』が発売された。同曲は川崎にとって19年ぶりのレコーディング作品で、しかも吉幾三の愛娘三美とのデュエットだったことから大きな話題となった。

 山下も、この作品でプロデューサーとして認知されるようになった。

 「表舞台から裏方に変わりましたが、結局は同じ音楽なので違和感はありませんでした」というが、女性で歌手からプロデューサーへの転身はまれなだけに現実には「実績を残すのが大変」だったという。(芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)



引用:歌手・山下直美、ZARD・坂井泉水&川崎麻世との出会いがきっかけ 女性歌手→プロデューサーに


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最終更新日 : 2019-07-31